| マウイ最初の火山が海底から水面に姿を現す。
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紀元前100万年
| ハレアカラが水面に現れ、2つの火山口から流出した溶岩がマウイ島を形成。この時点では、現在のラナイ島、モロカイ島、カホオラべ島はマウイ島とつながっており、分裂する前のマウイ島を科学者達は"マウイ・ヌイ (大きなマウイ) "と呼んでいる。
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西暦450年
| マルケサス諸島を出発した最初のポリネシア人が航海の末、ハワイ諸島を発見、移り住んだとされている。最近の考古学研究では、もっと早い時期にハワイ発見をしたのではないかという説も出てきている。
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700年
| タヒチからの大規模な移住が行なわれた。 ◎マウイの歴代王
- ピイラニ(14世紀後期から15世紀の初期まで)
- キハ・ア・ピイラニ
- カマ・ララ・ワル
- カウヒ・ア・カマ
- カラニ・カウ・マカオ・ワケア
- ロノ・ホヌア・キニ
- カウラヘア
- ケカウリケ
- カメハメハ・ヌイ
- カへキリ
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1778年
| 英国のジェームス・クック船長(キャプテン・クック)がハワイ諸島を発見。が、マウイには上陸しなかった。
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1787年
| フランスのジーン・フランコイス・デ・ガロウプ・デ・ラ・ペロウ船長が、最初の西洋人としてマウイ島マケナに上陸。後年、この港には彼の名前が付けられた。(船長はフランス国王の命令にそむき、この島をフランスの占領地にしなかった。)
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1790年
| カメハメハ大王、マウイのカへキリ王を戦いで破る。マウイはカメハメハ大王の統治するハワイ王国の一部となった。
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1802年
| カメハメハ大王は、ラハイナをハワイ王国の首都に制定。
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1819年
| カメハメハ大王死去。未亡人であるカアフマヌ女王はハワイの司祭に反抗し、ハワイ古来の神と宗教を廃止した。また、この年に最初の捕鯨船、マサチューセッツのバレナ号がラハイナ港に入港した。
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1823年
| ニュー・イングランドからの最初の宣教師がマウイに到着。
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1825年
| ラハイナの町で捕鯨船の乗組員と宣教師がいさかいを起こす。
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1828年
| マウイ最初の砂糖工場がオープン。
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1831年
| ロッキー・マウンテン西部に、マウイ最初の高校ラハイナルナが開校。
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1831年
| 現在も遺されている最古の宣教師邸ボールドウイン・ハウスが建設された。
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1850年
| ハワイ王国の首都がラハイナからホノルルへ移される。
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1852年
| 中国広東省より砂糖きびプランテーション労働者の最初の移民が始まる。
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1885年
| 日本人のマウイ島への移民が始まる。
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1893年
| ハワイ在住のアメリカ人の暴動により、ハワイ王朝が終結を迎える。
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1903年
| ドワイト・ボールドウイン氏がマウイ最初のパイナップルをハイク地区に植林する。
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1916年
| ハレアカラがアメリカ合衆国国立公園法下に置かれる。1961年、正式に国立公園に指定される。
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1946年
| マウイ最初のリゾート、ハナ・マウイがオープン。
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1959年
| ハワイがアメリカ合衆国の第50番目の州となる。
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1961年
| ハワイ最初の本格的リゾート、カアナパリがオープン。
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1976年
| 古代ポリネシアの航海用カヌー、ホクレアが復元され、マウイからタヒチに向けて出航。古代人の航海の軌跡をたどり、ハワイ文化研究が行なわれた。
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